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うちの夫は頼りない?マザコン?夫婦の不仲・嫁姑の不仲・親子依存のしくみ

夫が、頼りない。夫と一致団結できない。

夫婦関係は、夫婦が気持ちを素直に話し合い、信頼し合うことが大事だとされていますよね。

しかし、うちの夫とはなんだかそういう、素敵な夫婦になれそうにない。

話合おうとしても上手く通じないし、とても頼りない。何かをあきらめてしまっているような気がする……。

旦那さんに対して、このような「不信感」を抱いたことはありませんか。

家庭をもっているすべての人に、一度見直してもらいたことがあります。

それは「義母と夫の共依存」です。

夫婦の問題では、かなりの確率で嫁姑問題や義理の実家との関係がネックになっていることがあります。

夫が頼りない、話合いがうまくできないといったことの背景には「ひとりの男としての人格」が形成しきれていない可能性が隠れているかもしれません。

もちろんすべてのケースに当てはめられる考え方ではありませんが、家族構造の傾向として知っておいてほしい、大事な問題であると感じています。

夫婦が不仲になる原因は「義理両親」が原因であることも多い

依存的な家族構造の図

この図は、依存的な家族構造をわかりやすい形にしたものです。今、夫婦問題で悩んでいる方は「私と夫の問題」であるように感じているかもしれません。

しかし、家族というのは必ず互いに影響を与えあい、良くも悪くも連鎖していることは確かです。両親の問題が、自分たち夫婦の問題に直結していない場合でも、この構図を理解することは家族作りにおいて何らかの役に立つと考えています。

「夫婦不仲」な家庭が多い世代

そもそも、現在の子育て層から見る親世代は、夫婦不仲であるケースがとても多いように感じます。

昔はお見合い結婚も当たり前に行われていたし、男尊女卑や亭主関白という価値観もありました。また「男性は一家の大黒柱」という考え方も強く「男性の力」が強かった時代。

時代的背景から見ても、やはり「情愛によって結ばれた、仲睦まじい夫婦」というのは珍しいようにも感じるのです。

食事の用意ができていないことに怒ったり、妻の働きを褒めることも感謝することもしない。「女性ががまんすることが当たり前」の時代でもあったのではないでしょうか。

すると必然的に、女性は「満たされない」「寂しい」「つらい」感情の中で、毎日の家事育児をこなさなくてはなりません。

そこで、この母親の苦労を支えるのは「子ども」になります。母親は、夫との関係では心を満たすことができません。そのため、本来夫に向けるはずの愛情を「息子」に注ぐようになります。

愛情を注ぐ……を飛び越え、夫からもらえる愛情を息子に求めるようになることも。

愛情を注ぐと言えば聞こえはいいのですが、実際は息子のことを干渉・詮索したり、あれこれ口出ししてコントロールしたりといった「執着」のような言動になってくることもあります。

大人になっても、息子に対して「私を満たしてくれる存在」「自分の一部」という感覚が心のどこかにある……という母親は決して珍しくありません。

私を満たしてくれる存在がいなくなるのは、母親としては困るわけです。子どもが親離していくことに対し、強烈な寂しさ、孤独感を感じるでしょう。

息子は一人の人間ですから、自分の人生を歩き始めます。しかし母親はそれを「自分の人生を生きるひとりの人間」ではなく「私の大事な宝物」として捉えているため自立を妨げようとしてしまうのです。

母親が息子のことを、無自覚のうちに所有物化して見てしまっているということ。

さらにそれを母親は「大事な大事な我が息子への偉大なる愛情」と思い込んでいるため、他者からの指摘を受けてもまるで理解することができないのです。逆に、自分の愛情を否定されたことに怒りさえ感じることもあります。

姑が子離れできず、息子である夫に依存する

長い間、夫との不仲による満たされない気持ちを「息子」で埋めてきてしまった母親は、どうなってしまうのでしょうか。

息子が成人しても、結婚しても、父親になっても「一人の人間」として見ることができず「私のもの」という感覚が拭えなくなります。

世間では「子離れができていない」などという言い方をされるかもしれません。しかし、共依存を経験している身としては親離れ子離れという言葉ではどこか説明不足であるようにも感じているのです。

親離れ・子離れというと、子どもが巣立っていくことを喜べるようなイメージがあります。しかし、依存的な家族構造の家庭では「巣立ち」というものを、前向きに捉えることができないのです。

息子も「親から離れたい」という思いがある一方で、知らぬ間に依存関係に陥っており、それに気づけないことも多いです。口では母親のことを悪く言ったり文句を言っていても、結局は母親の言うなりだったり、妻を守ることができなかったりします。

妻の側からすると、言っていることとやっていることが違うように見えるでしょう。頼りなく、不信感の塊でしかありません。

しかし、彼の心の奥には「自分が母を支えることをやめたら、母はどうなるのだろう」「母を裏切れない」という強い恐怖心があります。

母親を支え続けなければいけないという「恐怖心」や「罪悪感」が、そこにあります。

それは本来、夫である「義父」のするべき役割でした。妻を支え守り、優しく抱いて満たしてあげること。本来ならば、それは「自分がそうしたい」という自発的な欲求から生れる力はなずです。

自分が愛した女の為なら何でもする、という男としての強い気概です。そんな大きな重荷を、息子の彼は、やむを得ず、知らぬ間に、ずっと長いこと担ってきたのです。それが「親からの愛だ」という体で。

もちろん、自分でこの構図に気づいて変わる男性もいますが、なかなか全員がそうやって自己解決できるとは限りません。

母親の依存の形は、表面的に見えにくかったり、実に巧妙だったりと、個人差が大きいものです。また、個人の気質によっても依存関係にハマりやすい、またそこから抜け出しにくい人もいます。

息子に依存している姑は、嫁の存在を認めない

Photo by BBH Singapore on Unsplash

夫に求めるはずの欲求を息子で満たしていると、当然息子の嫁を受け入れる気持ちにはなれません。ここに「嫁イジメ」や「嫁姑の確執」が起こります。

嫁イジメはなぜ起こる?

自分から離れていこうとする息子。その危機感から嫁という存在を、自分の生きがいを奪おうとする「ジャマモノ」として扱います。きっと義母は長いこと、危うい信頼関係の中で生きてきたでしょう。それをなんとか息子に依存することで保ってきたのです。

だからこそ「突如現れた見知らぬ若い女に取られてしまう」と感じるのです。

息子に対して過剰に依存している母親は、息子を一人の人間として見ることができなくなっている可能性があります。この子にも自分の意思があり、人生があり、恋愛や結婚という「情動に突き動かされて生きている」という理解ができなくなっているのでしょう。

そのため「自分の大事なものを奪った女」としか見ることができないケースも少なくないわけです。嫁をイジメる姑は、確かに未熟な存在です。しかし、その義母がどんな結婚生活を生きていたか、義父やそのまた両親とはどんな関係だったのかまでに思考を巡らせると、義母にすべての責任があるわけではないことも理解できるでしょう。

干渉してくる、距離が近すぎる姑

目に見えるような嫁イジメをしたり、批判したりということがなかったとしても、やたらに距離が近かったりあれこれ干渉的な「善意の姑」も多いでしょう。

善意の姑も根本の問題は同じです。息子を自分の「たからもの」と思っているので、嫁や孫も自分のたからものの一部です。

「自分がどうにかしなくては」「自分が関与しなければ」そんな焦燥感によって関わってきていることが多いです。なぜなら、息子を含めた家族全員を姑は「自分のもの」と錯覚しているからです。

息子は「母親」ではなく「嫁」を選び、親離れしなければいけない

夫と自分との夫婦関係がどうもうまくいかない。義実家との問題でもめてばかり。違和感を抱く……そんな風に漠然とした不安や疑惑を抱いているときは、一度家族全体を見てみるという視点が欠かせません。

相手の家族が、どんな家族構造になっているかを深く知るという機会を設けてみてほしいです。

依存的な家族は、どうしても「話し合い」ではなかなか解決しないことが多いですし、嫁の言うことを聞き入れにくい状況になってしまっています。

では、依存的な家族をどう変えていけばいいのでしょう。

依存的家族をどう変えていくのか?

依存的家族を変えていくには、距離を取りながら気づき、目覚めていくことが大事です。

①物理的に離れる、距離感を保つ

物理的な距離をとることは、依存関係を断ち切るのにもっとも有効な方法です。なるべく会わない、連絡を最小限にする、こちらからご機嫌伺い(迎合)をしないといったことが必要です。

関係や住んでいる場所の距離によっては難しいかもしれません。しかし、心理的な距離を取れない状況になっているのが依存関係です。そこから本気で抜け出したいということであれば、一時的に集中して物理的距離を置くのが有効なのです。

「もう一生関わらない!」「もう金輪際合わない!」なんて、決める必要などまったくありません。今はお互いにとってよくない関係に陥っているから、一度距離を置いてクールダウンする時間を設けると考える。

また、相手にもそのような理由があるということを伝えるほうが建設的です。

②夫の依存や洗脳を少しずつ解く

夫が母親に対して依存心を抱いている場合は、少しずつその洗脳を解くということも必要かもしれません。

母子密着に陥っている男性に対して、世間一般の人は「親離れしたほうがいいんじゃないの」「もっと自立してよ」「なんでお母さんの言いなりなの?」という指摘、批判的なやり取りをしてしまいがちです。

マザコンは一生治らない……なんて揶揄する人もいます。

しかし、彼らは本当に母親と共依存に陥っていることを「幸せ」と思っているはずがないと感じます。母親の心を支える人生が、自分の人生だなんて嬉しいはずがない。

幸せなフリ、平気なフリをしているだけであって、心の根底には死んでしまった自我が眠っていたり、性的な問題を抱えていたりすることもあるでしょう。

それが今、夫婦関係に関係していないとは絶対に言い切れません。それに気づかせてあげることや、上手く伝えてあげることも、彼を本気で愛した女性には、もしかしたらできるのかもしれません。

「なぜ自分がそこまでしなくてはいけないのか」と考えるか「これは世代間連鎖において重要な役目を担っている」と感じるかは、人それぞれでしょう。

③家族の構造を理解した上で接する

何も知らないまま、嫁姑問題に向き合っていくよりも「このような家族の構造をもっているな」と、ある程度理解した上で接していくほうが、気持ちは楽になります。

なぜこんなにも、嫁である自分に批判的なのか?なぜ、夫は姑との間に入って自分を守ってくれないのか?その原因となる問題に気付くことができれば、少なくとも「なぜ?」という理由のわからない理不尽さからは解放されると思います。

しかし、やはりそこには昔からの時代背景や女性が守られることなく虐げられてきた歴史なども複雑に影響していると考えたほうが、私たち世代の気持ちも少し楽ではありませんか。

どこにでもある嫁姑・夫婦問題を、当たり前にしないために

Photo by Joam Lima on Unsplash

嫁姑の不仲はどこにでもあるものだといわれます。

しかし、これからの世代の人たちは「なぜどこにでもあるほどデフォルト化してしまっているのか?」を考えるべきです。

当たり前を当たり前にしないでください。

それは、自分の子どもや次世代の子どもたちを救うことにもつながります。今すぐすべてを解決できるわけではありませんが、少しずつ絡まった糸を解くようにして「まだ、できることがあるのではないか」「まだ理解しきれていないのではないか」という視点で、家族づくりに取り組んでみてほしいです。