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「離婚」という選択をうしろめたいものにしないで。夫婦の姿は子どもの結婚観に大きな影響を及ぼす

苦しんで悩みぬいた末に離婚したことを、心のどこかで「うしろめたい」と感じてしまうこと。「子どもに両親のいる家庭を与えてあげられなかった」という罪悪感。「結婚生活を維持できなかった自分は親として至らなかった」という責める気持ち。

これは、やはり「両親のいるあたたかい家庭で子どもは育つべきだ」という強い固定観念も影響しているでしょう。それでも、離婚の選択をする女性が増えているのは言うまでもない現状です。

確かに離婚せず、お父さんとお母さんに見守られ、心ある家庭の中で子どもを育てることは素晴らしいことであり理想的なことです。しかし、「離婚したほうがよかった」という状況も確かに存在します。

ギスギスした夫婦を見ながら育った子どもの心はどうなる

たとえばこのようなケースではどうでしょうか。

顔を合わせれば些細なことがきっかけでケンカする両親。お母さんは感情的に怒り、まったく向き合おうともしないでため息をついて自室に逃げるお父さん。「ちょっと、宿題見てほしいな……」と声をかけることも神経をとがらせる子どもは、まるで腫れ物に触れるのをためらうように、びくびくとするようになるでしょう。

「結婚は、なんて怖いものなんだろう」「女の人と男の人が暮らすと、こんなに喧嘩するんだ」

そんな思いを植え付けられてしまうかもしれません。「結婚すること」「家族になること」について最初はむずかしいことを理解できない子どもでも、「きっとこれは大変なものに違いない」ということはわかるはずです。

父と母の姿が、将来の子どもの夫婦像としていつまでも浮かび上がる

お母さんが悲しそうなつらそうな表情で、感情的に声を張り上げる姿は、子どもにとって「女性には何も言ってはいけない」という一種の恐怖心を覚えさせます。どんなにお母さんが泣いても気づきもせず、ただ仕事に行き喋らないお父さんの姿は、子どもにとって「男性は何があっても仕事に行き黙っているものなんだ」という思い込みを生むこともあるでしょう。

幼い頃に見た「両親」の姿は、子どもが将来おとなになって「夫婦」を思い描いたとき、必ず浮かび上がる姿なのです。

ここで起こるパターンは3つあります。

・「親を見本としてしまい、結婚しても精神的なつながりのある家庭を築くことができない」

・「親を見本としてしまい、結婚したいと思えない」⇒「結婚とはピリピリとした緊張を覚える怖いものだ」と感じる

・「親を反面教師とし、自分はこうはならないと思うが、親に憎しみを覚えたりわだかまりができてしまう」

このどれもが、たとえ破綻した状態でも「夫婦関係」を継続したことによる心理的影響です。これが悲しくないと言えるでしょうか。どれもが「何か思っていたのとは違う……」と感じませんか。

「離婚」はひとつの選択肢であり、いい方向へいくこともある事実

なぜ離婚はだめなものと思ってしまうのか。それは、夫婦の役割分担に目をしっかりと向けないまま、ただお父さんとお母さんのいる家庭が正しいと決めつけてしまうからです。

「両親がいた方がいい家庭」と「離婚してもうまくいく家庭」があります。

離婚したほうがうまくいく家庭は、「そもそも両親がいたところで、母が1人ですべての役割を担っている」ということ。どんなに思いを持って向き合おうとしても、パートナーが歩み寄る姿勢を一ミリも持たないでいるケースでは、子どもにとって離婚した方が穏やかに成長できることもあります。

親の役割とは、主に「受容」と「ブレーキ」のふたつから成り立ちます。

受容とは、子どもが帰る安全基地となり、子どもの不安や葛藤を受け止め、絶対的安心を与える役割です。

ブレーキとは、我慢と感情のコントロールを身につけさせる壁となり、限界を伝え、たくましい心を育てる役割です。

この2つの役割を父と母が分担できない家庭においては、必ずしも両親がいることが正しいとは言えません。

「父と母」という限界から抜け出し、子どもを育ててもいい

「離婚」という選択は、しないから正しい、するからうしろめたい、という二択の世界から抜け出してもいいはずです。

もちろん、夫婦ができる限り歩み寄り改善を試みて、それでもどうしようもできなかった場合であるほうが望ましいですが、あなたが覚悟を持って決めたその選択に自信をもってください。

1人でいくつもの役割を担うことを、自分に強いるのをやめよう

先ほど「受容」と「ブレーキ」の役割を1人で担っているなら……とお伝えしましたが、この先に意識したいことは、離婚への罪悪感を捨てること、1人ですべてを背負うことにも限度があることを許すことです。

家庭内の環境に左右されずに子どもの心や人格を豊かに育んでいくには、やはり協力者が欠かせません。

時には仕事と育児の両立に心が折れそうになることもあるでしょう。休日に起き上がることさえ疲れることだってあるかもしれません。そんな時、あなたが自分を責めないでいられる環境を作ること。それがとても大切になってきます。

なぜなら、あなたが疲れ果てるたび、「離婚したから」というところに結び付けてしまいがちだからです。

”疲れた⇒子どもをうまく構ってやれない⇒そんな自分が情けなく感じる⇒イライラする⇒仕事にも影響が出る⇒疲れた”

このループに入りお母さんが不安定になることが、子どもにとって1番の不安になります。

子育てを、関わる人みんなで分担する意識を持つ

環境によっては、祖母祖父に頼ることもできない人だっています。そんなとき、お母さんができる限りの安心を築くためには「自己開示」が重要になってくるでしょう。

※自己開示(じこかいじ)とは、自分のことを打ち明けることです。

自分の性格や気質を理解し、何が苦手で、育児対して苦手な部分はどこなのか、正直に向き合い知る必要があります。

「母親であろうと育児に対して苦手な部分もあれば、得意なこともあっていい」……これが合言葉です。

そして、子どもに関わる保育士、先生、身内の人、私たち(SFR)のように社会として相談に応じる専門的存在、あらゆる関係者を巻き込んで子どもを育てていっていいと考えてください。

結果的にお母さんがいきいきと輝いて、笑顔でいることが何より子どもの「安心」を生み出します。

離婚という選択に後悔せず、堂々と子どもと共に歩む

父と母がいて、優しい祖父母がいて、楽しい兄弟がいて、いつも笑顔で楽しい家庭。そんな理想を誰もが抱くかもしれません。しかし現実はもっとシビアなものです。働く女性が増加し、核家族が進む今、もっと視野を広げ、どうしたら親と子が幸せに生きていけるかを考えるのは、社会としての課題ではないでしょうか。

個々が人知れず限界まで本心を隠し、つらさ苦しみを抱え込み、育児に対して「完璧な親」を目指すからこそ、歪みが生じてしまうのでしょう。

大事なのは「離婚したかしていないか」ではなく、「どんな家族の形、家庭の形であっても、親と子が豊かで幸せな心を継続しながら暮らしていけること」です。

そうするためには、自分のこと、子どものことをまずはよく知り、正直に向き合ってみましょう。私たちも、そのお手伝いをするためにこうして記事を書いています。

つらい時は、ぜひ相談してくださいね。応援しています。

この記事を監修している人

SFR代表理事:鶯千恭子(おうちきょうこ)

精神保健福祉士●保健師●養護教諭1種●心理EMDRトレ他

保育士や子育て中のお母さんたちへの講演実績多数。

「心育て」「人格形成」のスペシャリスト。