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子どものしつけ、叩くとどうなる?体罰で親の想いが伝わらない理由

子供は叱らず叩かず、言って聞かせるのが正しいしつけ。

現代では体罰が法律により禁止されるようになり、子どもを叩いてはいけないということも常識となりつつあります。

しかし、本当に言って聞かせるだけでしつけになるのか。

本当に悪いことをしたときは、叩くことだって必要なのではないか。

そんな疑問と葛藤に悩んでいる人も多いのではないでしょうか?

筆者は母親から激しい体罰を受けて育ちました。時代ごとの常識や感覚というものがあるため、自分自身が体罰を当たり前のように受けて育っている方も少なくありませんよね。

そんな筆者は母親になった今、子育てにおいて叩くことはほぼ必要ないと痛感しています。

子どものしつけ、叩くと子供は反省する?

子どもを叩くと、その瞬間泣いたり大人しくなったりと、今までと違った反応に切り替わります。

それを見ると親は「反省しているのかな?」「理解してくれたのだ」と思ってしまいがちです。

しかし実際、子どもは叩かれた瞬間「叩かれた・蹴られた」という「現状起こったできごと」にしか意識が向きません。

それと同時に

  • 痛い
  • 怖い
  • 悲しい
  • つらい
  • 憎い

など、親に対する負の感情も生まれます。

叩くとき、「叩くよ!」と言ってから叩きますか?

もちろん、予告するパターンもあるかもしれませんが、感情的になって叱りつけるときは、たいてい予告なしに手が出てしまいます。

いきなりバチーンと叩くから、その衝撃で何かに気付くはずと思うわけです。

しかし、子供はいきなり痛みを加えられてもその理由を理解することはできません。

年齢が小さければ小さいほど、この傾向は強いでしょう。

そのため

「本当に悪かった」

「〇〇してごめんなさい。」

というような反省の気持ちは、子供の心の中にはほぼないと思ってもよいのではないでしょうか。

表向きは

「ごめんなさい。」

「今度からは〇〇します。」

というようなことを言います。

でも、それが本心かと言ったらそうとは限りません。

この怒りを治めて欲しい。

もうこれ以上叩かれたくない。

自分の身を守らなければ。

このような感情が強く働き、あやまったり、非を認めたりするのです。

しかし本当のところ、子供が感じているのは「衝撃」「恐怖」「混乱」が圧倒的に強くなっています。

叩かないと分からない、というのは大きな誤解です。むしろ、叩いて教えることは、子どもの理解を妨げることになる場合もあります。

子どもを叩くと、伝えたいことが伝わらない

叩かれたとき、子供が感じていることは衝撃や恐怖ばかりです。

その先にある、大人の伝えたいことまで感じ取る余裕がありません。

そのため本当に伝えたいことこそ、叩かないで伝えるべきなのではないでしょうか。

よく「本当に悪いことをしたときだけは叩いてしつけるべき」という人がいます。

しかし日常的に叩かれて育った子どもでさえも、叩かれるときは「衝撃」「恐怖」という気持ちばかりが先行します。

それならば、普段言って聞かせる方針の親が突然叩いたときの方が、より衝撃や恐怖は大きくなるでしょう。

本当に伝えたいことを、叩いた後にお説教してもほとんど身に入らない、もしくは心にも響かない可能性があると筆者は考えています。

しつけと称して子どもを叩く行為は、エスカレートしやすい

筆者自身、叱られるときはほぼ毎回叩かれたり、蹴られたりして育ちました。母親も、自分の母親に叩かれて育っているので、しつけで子供を叩くということに抵抗がさほどなかったのかもしれません。

しかし、抵抗なく叩いてしまう人ほど、体罰は習慣化してエスカレートしやすいです。

人の怒りを一番手っ取り早く表現し、開放する方法が「暴力」という行為なのです。また、子どもを思い通りに動かすために恐怖や痛みを加えることは、もっとも簡単で安易な方法です。

物に当たる、物を投げるなども同じです。

一度やってしまうと、叩いたり物に当たることで感情を落ち着かせる癖がついてしまうのです。

人は誰しも楽な方に楽な方に流れやすい生き物ですから、手っ取り早くスッキリできる方法に頼りたくなるのは当然。

行き過ぎたしつけで虐待に至るというのは全然珍しいことでも、不思議なことでもない。しかし、絶対にしてはいけないという2つの矛盾が生じていることに多くの方に気づいて欲しいのです。

叩くしつけは逆効果。成長につれて起こる弊害

叩くしつけは、その「叩かれる」という恐怖や衝撃ばかりが印象に残るので、肝心なしつけの内容が伝わりにくいとお話ししました。

体罰によるしつけを受けた子どもは「今度は叱られないように気を付ける」ようになります。

自分の悪かった点を改める、同じ間違いをしないように注意するのではなく叱られないように工夫するようになるのです。

どういうことか分かりますか?

親の目を盗んで同じことをしたり、言いつけを守らなかったりします。

肝心な親からのメッセージが伝わっていないと、叱られさえしなければいいという考えになります。

つまり、親の目を盗んで非行に走ったり、別の顔を持ったりという恐ろしい可能性さえも考えられるのです。筆者自身、親の前の顔と外での顔を使い分け、悪い自分を良い子の自分を演じ分けるようになりました。また、自分自身に2つの面があることによって「本当の自分」がわからなくなり、いくつもの人格をいつも演じ続けて疲れてしまうという「生きづらさ」が長年に渡って続いたのです。

体罰は、常習化すればするほど子どもに親の想いが全然伝わりません。それだけでなく「自分は大切にされている」という実感も得にくくなります。

たとえ子どもに手を上げても、叩くしつけを習慣化させない

とはいっても子どもが成長すればするほど、子育て人間と人間の感情のぶつかり合いです。

時は手が出ることもあるし、思春期になれば取っ組み合いの喧嘩になることだってあるでしょう。

でも、それを「当たり前」にしないでください。

叩くことは、反省すべきことです。

お子さんに小さなころ

「お友達を叩いてはいけないよ」

「言いたいことはお口で伝えようね」

と教えてきた人も多いはずです。

親子であっても、それは同じなのです。

子どもであろうが他人であろうが、叩いてものごとを伝えることはできません。

感情的になってしまうのは人間としてしかたないのは確かです。筆者自身、私も息子を叩いてしまった経験があります。

普段は温厚な人も、感情的になって手が出てしまう場合もありますよね。

間違ってしまったときは、あとから冷静になり、反省し、子どもを叩かず想いを伝える方法を考えていけばよいのではないでしょうか。

また、子どもを叩いてしまった経験のある身からしても、叩いたことで特別な効果は感じられません。

叩くことによって行動が変わる、子どもの意識がかわることなどありません。

子どもの心に残ったのは「混乱」「恐怖心」だけです。

伝える言葉、感情のコントロールを学び続けていく

このページを読んでくださっている方はおそらく、叩くしつけがエスカレートする可能性は低いのではないかと思います。

叩いてしまったことを悔やんでいる方、先のしつけの方法に悩んでいる方ばかりでしょう。

手をあげてしまったら終わりではありません。修復することは可能ですし、これからどうやって接していくかを考え、学び続けていくことが親の仕事です。間違ってしまったときは、「さっきは叩いてごめんね」「伝え方が間違っていた」と子どもに対して謝ることも必要ですね。

当たり前のように叩かれて育った世代の人たちは、言葉で、心に響く伝え方を研究し続ける必要があります。自分がされてこなかったことを、子どもにしてあげるのはなかなか大変な作業ではあります。しかし、試行錯誤したり、考えた分だけ、親の成熟度は高まります。

「本当にいけないことをしたときは、叩いて教えることも必要」という考えは、おおいに疑問が残るところです。

それよりも「子どもの視点に立つ」ことや「子どもに伝える技術」を習得していく努力のほうが、とても重要なのではないでしょうか。

この記事を監修している人

SFR代表理事:鶯千恭子(おうちきょうこ)

精神保健福祉士●保健師●養護教諭1種●心理EMDRトレ他

保育士や子育て中のお母さんたちへの講演実績多数。

「心育て」「人格形成」のスペシャリスト。

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